花まつり茶会を終えて

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先日の四月十二日、花まつり茶会をいたしました。

当日は、二十四名もの方々にお力添えをいただき、つつがなく無事に終えることができたこと、深く御礼申し上げます。

ご尽力くださいました皆様、本当にお疲れさまでございました。

とくに子どもたちのご活躍には、大変助けられました。

ありがとうございます。

三時間という限られたひとときではありましたが、八十名ものお客様にお越しいただき、それぞれに温かいお言葉を頂戴いたしました。

こうして多くのご縁に恵まれましたこと、まことにありがたく、ただただ感謝の気持ちでいっぱいでございます。

浄土真宗本願寺派覚王寺のご住職であられる内平様のおかげで無事に花まつり茶会を終えることができました。

内平様、覚王寺の皆様に深く感謝申し上げます。

さて、「花まつり」として親しまれておりますこの行事でございますが、その呼び名が広く用いられるようになりましたのは、大正時代の頃からと伝えられております。

浄土真宗大谷派の布教師であり、浅草今戸・蓮窓寺の住職であられた安藤嶺丸さんが、この名称をもって人々に広められたことに由来するともいわれております。

『広辞苑』をひもときますと、「四月八日の灌仏会の俗称」と記されております。

では、その「灌仏会」とは何かと申しますと、釈尊のご生誕をお祝いする大切な仏教の法会でございます。

花で美しく飾られた小さなお堂、いわゆる花御堂を設け、その中に天と地を指さす誕生仏をお祀りいたします。

参詣の方々は柄杓を手に、甘茶を静かに仏様の頭上にそそぎお祝い申し上げます。

その柄杓から一滴一滴にしたたる甘茶にお釈迦様のご生誕を深く喜ぶ心が宿っているのでしょう。

この風習は古く中国より伝わり、日本においては推古天皇の時代、飛鳥寺にて初めて営まれたとされております。

それ以来、寺院のみならず宮廷や民間にまで広がり、長きにわたり受け継がれてまいりました。

灌仏会はまた、「降誕会」「仏生会」など様々な名で呼ばれておりますが、その中に「竜華会」という言葉がございます。

あまり耳にすることのない言葉ではありますが、そこには仏教の時間観と申しましょうか、宇宙観の奥深さがうかがえます。

竜華会とは、釈尊がこの世を去られてのち、はるか未来の五十六億七千万年の後に、兜率天でご修行中の弥勒菩薩がこの世に現れ、竜華樹の下で説法をなさり、苦しむ人々を救うとされ、その法会を指します。

いまだ見ぬ未来において仏の教えが再びこの世に満ちる、その時を待ち望む心が、この言葉には込められているように感じます。

そのような意味合いから、灌仏会もまた、ただ過去に実在したお釈迦様をお祝いするにとどまらず、未来へと続く仏縁を願う人々の法会として、「竜華会」と呼ばれてきたのでありましょう。

ところで、甘茶をそそぐ風習でございますが、その歴史は定かではないとされています。

江戸の頃からともいわれ、それ以前には湯や香湯が用いられていたとも伝えられております。

お釈迦様がご生誕の折、九頭の竜が天より現れ、甘露の雨を降らせてその御身を清めたという伝承もございます。

さらに、二頭の竜が常にお釈迦様を守り続けたともいわれ、そのゆえに禅寺の天井には双竜が描かれるようになりました。

竜は単なる想像上の存在ではなく、仏法を護る象徴として、また水を司る神様の象徴として、仏教の世界で大切にされてきたのであります。

水は万物を優しく潤し、いのちを育みます。

雨はときに厳しくもありますが、その一滴が仏さまの姿となり大地を生かし、人々のいのちを生かしていきます。

そのようなはたらきを仏さまの教えにたとえ「法雨」と申すのでしょう。

お釈迦様に従う竜の降らす雨は、すなわち仏さまの智慧と慈悲がこの世に降り注ぐ姿として古来より親しまれ、人々は仏さまの存在を感じ取っていたのでしょう。

花まつりにおいて甘茶をそそぐそのひとときは、遠い昔の出来事をなぞるだけではなく、今この身に仏の教えが降り注いでいることを静かに味わい、自らが竜ともなり、お釈迦様の教えを守り、生かしていこうという願いの所作でもあるように感じます。

今回の茶会におきましても、多くの方々が誕生仏に甘茶をそそぎ、手を合わせ、心を寄せてくださいました。

その一つ一つのご縁が、まさに法雨のごとく、静かに、そして確かに、私どもの日常を潤してくださっているのではないでしょうか。

改めまして、このたびのご縁に深く感謝申し上げますとともに、皆様の幸せをご祈念しております。