先日の仏生会にて、有難いご縁に恵まれ、高野山にて習礼の上、剃髪し、出家得度を受けさせていただきました。
御師僧さまより、僧衣と袈裟、沙弥の十戒を授かり、また僧名として清竜の名を授かりました。
これからも、茶道と仏道の織り成す道の修行に精進していきます。
得度とは、生死の悩み苦しみの絶えない迷いの世界の海を越えて、涅槃の世界に渡る事を得ることから、得度といいます。
在家の者がお師匠さまに従い、髭や髪などを剃り落し、出家の者、沙門となることをしめし、出家と剃髪が悟りの世界といわれる、涅槃の彼岸に度る因であり、この因の中にすでに果が含まれていることからも、得度とよばれます。
得度とは、仏門に入る事であり、僧侶となるための最初で最後の大切な儀式であります。
私自身もあらためて御師僧さまの御前で剃髪をすることで、茶道と仏道の修行者として、ますますその道の重みを感じ取り、世間的な虚飾をさけて、傲慢や慢心、貪り、怒り、愚かさの三毒に陥ること気を付け、一切の俗事を絶ち、戒律を守りつつ茶道と仏道を一心専念に修行する覚悟をあらたにいたしました。
さて、清竜の僧名の由来ですが、御師僧さまによると、弘法大師空海さまとゆかりが深い長安の青竜寺と高野山内の寺院の守り神である清滝大権現さまをイメージした上で、仏法の守護神であり、法雨を降らす竜のように、そして、清らかな御心をこれからも失わず、人や世と交わり、清らかな心で仏道と茶道のみ教えを多くの人々に伝えていってほしい、二つの織り成す道の修行に励んでほしいといった願いと意味を込めていただいたようです。
得度式当日、優しい雨が降り、御師僧さまによると、お釈迦さまのご生誕の折りも優しい雨が降ったことから、仏教では、吉兆だとされているとおっしゃっておりました。
また、お釈迦様さまのご生誕のおりに、双竜が天に現れ、甘露の雨を降らせたことから、竜は、仏法の雨を降らす存在として仏教では、大切な存在です。とおっしゃった上で、「このたびの雨で佐々木さんにお授けした、清竜、お弟子さんの橋爪さんにつけた志竜が頭によぎり、お二人は、仏さまとのご縁深く、呼ばれているのだと思いました」とお話くださいました。
本当に有難く、感謝の気持ちがいっぱいです。
南方録にも「茶の湯は、第一、仏法をもって修行得道する事なり」という言葉がありますが、茶の湯の第一の目標は、仏道の目指すところの悟りを茶道の修行で得ていくところにあります。
僧侶としての覚悟を持ったうえの茶人というあり方が真の茶人に成る上でのヒントを与えてくれるものであり、利休さま含め歴代お家元は得度をすることからもその茶道と仏道の目指すところは、同じであると言えるのではないでしょうか。
そのため、仏道修行の中で得たもの、仏教の大切な心や教えを通した、茶道のあり方こそ、理想的な茶道の表現といえるのではないかと私は思っています。
茶道の理想は、仏菩薩の清浄無垢な世界であり、和敬清寂な心が通う、人と人の交わりであります。
この理想を大切に私たち茶人は、此の道を歩んでいきたいものですね。
南方録の覚書に「茶一道、もとより得道の所、濁りなく出離の人にあらずしてはなしがたかるべし。未熟の人の野がけふすべ茶の湯は、まねをするまでのことなり。手わざ諸具ともに定法なし。定法なきがゆえに、定法、大法あり。その子細はただただ一心得道の取りおこない、形の外のわざなるゆえ、なまじの茶人構えて、構えて無用なり。天然と取行すべき時を知るべし」とあります。
出離とは、煩悩の束縛から離れ、迷いや悩みの多い俗界から離れることをいいます。
得道とは、涅槃に至り、この世の真の道理をしることをいいます。
真の清浄無垢な茶道は、迷いと悩みの絶たれた人にしかできないから、野がけは、得道の人以外はしないほうがよいという意味がありますが、この得道と出離とは、茶道は仏道修行そのものであるから、根本の仏道を大切にすることを解している者にしかできないという意味もあるように感じます。
話は少々変わるのですが、昔、祖母が松栄堂さん主催のお茶会にて、野天のもとのお茶席を任されたことがありました。
前日には、大雨が降り、お茶会当日も雨ということでハラハラしておりましたが、当日は見事に晴れ、前日の雨のおかげでより一層、境内が清々しく、お茶席眼前の花々も美しかったのを覚えています。そこで、祖母は、お茶席にお花を入れることをやめ、テントを開き、眼前のお花をお茶席の花としました。これにお客様も喜ばれていたのを見て、幼い私は、祖母のその行動をかっこいいと思っていたのを思い出します。
さて、お弟子さんの橋爪さんについている僧名ですが、こちらは、御師僧さまによると「橋爪さんの茶道へかけた志の深きところを思い、また、お師匠さまである佐々木さんのお名前の竜を1字頂戴し、志竜としました。竜からまた新しい竜が生まれることを願っております」という有難いお言葉をいただいたようです。
橋爪さんの志を受けとめ、また私も思ったうえでの僧名に深く感動いたしました。
ありがとうございました。
このたび拝領した僧衣、袈裟、御師僧さまからの願いに恥じないようにこれからも茶道と仏道の修行にお弟子と共に精進していきます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
合掌
如何と茶ノ湯を問う。
清浄濁りなき天地と等しく。
即今の茶に一心生死をかける
もって生きと死を離れ、いのち絶し、ふたたび竜となる
怖れもはからいもなく
本来無住一仏無量光
宗芯清竜